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横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)262号 判決

原告

山本富貴子

ほか五名

被告

株式会社横浜銀行

ほか一名

主文

被告大谷太市は原告山本富貴子に対して金七一八、六六〇円及び内金六一八、六六〇円については昭和四六年一月四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告大谷太市は原告山本薫、同山本利雄、同山本均一、同山本宏、同渡辺利恵子に対して各金六八〇、二五六円及び内金五八〇、二五六円については同日以降完済まで同割合による金員を支払え。

原告らのその余の本訴請求は、いずれもこれらを棄却する。

訴訟費用中、原告らと被告株式会社横浜銀行との間に生じた分は原告らの負担とし、原告らと被告大谷太市との間に生じた分はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告大谷太市の負担とする。

この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告株式会社横浜銀行(被告銀行という)は、原告山本富貴子(原告富貴子という)に対し金二、五〇〇、〇〇〇円、その余の原告に対して各金一、五〇〇、〇〇〇円およびこれらに対する昭和四六年一月四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。被告大谷太市(被告大谷という)は原告富貴子に対して金一、六四〇、〇〇〇円、その余の原告に対して金一、一五二、〇〇〇円およびこれらに対する同日以降完済まで同割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一  事故の発生

訴外山本嘉雄(亡嘉雄という)は次の交通事故によつて死亡した。

1  発生時 昭和四六年一月四日午後六時四五分頃

2  発生地 神奈川県相模原市当麻一、七八五

3  発生場所の状況

本件道路は、舗装された歩車道の区分の有る道路である。

4  事故区分 追突

5  加害車両(被告車という)

相模五3七、四九三ダイハツベルリーナ、運転者被告大谷

6  被害車両(原告車という)

自転車、運転者亡嘉雄

7  被害者亡嘉雄 満五七才 小学校教員、死因頭蓋底骨折脳内出血、死亡年月日昭和四六年一月四日午後七時二〇分

8  被害者の権利の承継

原告らは次のとおり亡嘉雄との身分関係があり、法定相続分により権利を承継した。

原告富貴子は亡嘉雄の妻、その余の原告はこれが実子である。

9  事故の具体的内容

被告大谷は、被告車を運転して厚木方面から上溝方面に進行中、その前方の歩道内を亡嘉雄が原告車に乗つて同一方向に進行しているのを認めたが、このような場合同方向に進行する被告としては前方をよく注意して、車道・歩道間の距離を十分保ち、被告車を原告車に衝突させないよう注意する業務上の注意義務があるにもかかわらず、前方注視義務を怠り、漫然と直進したため、被告車を歩道内に入れ、被告車左前部を原告車後部に衝突させ、よつて亡嘉雄を横転させて頭蓋底骨折脳内出血のため死亡させたものである。

二  責任原因

1  被告大谷は、被告車を所有し自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法第三条による責に任じなければならない。

2  被告銀行は被告大谷を使用し、被告大谷が被告銀行の業務を執行中、その過失によつて本件交通事故を発生させたものであるから、民法第七一五条第一項による責に任じなければならない。

又、被告銀行は、被告大谷に被告車を使用して預金等の集金業務をさせていたのであるから、被告車の運行供用者であり、自賠法第三条による責に任じなければならない。

仮に、右の責任が認められないとしても次の事実から、エストツペルの原理(禁反言の原理)によつて、被告銀行は原告に対して損害賠償責任を負う。

(一)  昭和四六年一月七日被告銀行座間支店長関口武雄(訴外関口という)が原告の家を訪ね、焼香させて欲しい旨述べ、原告らがこれを拒否したところ、訴外関口は、本件事件につき被告銀行が全責任を持つと確約したので、原告らはこれに焼香を許した。

(二)  昭和四六年一月一〇日訴外関口は次長の訴外佐藤と再度原告ら宅を訪ねた際、原告富貴子が、被告銀行が全責任を持つのであれば、その旨書面に書いてくれるよう求めると、「書かなくても責任を持ちます。銀行を信用して下さい。」と明らかに責任を負担する意思を表示した。

(三)  昭和四六年二月二〇日訴外関口は被告銀行振出、額面金五〇〇、〇〇〇円の小切手を持参して原告宅を訪れ、受取つて欲しいと提示した。

三  損害

1  葬儀費用 金四〇七、二七〇円

原告富貴子は、亡嘉雄の事故死に伴い右金額の葬儀費用の出捐を余儀なくされた。

2  治療費、交通費等雑費 金一八、〇二〇円

原告富貴子は、亡嘉雄の事故死に伴い、右金額の治療費、交通費等の出捐を余儀なくされた。

3  逸失利益 金一四、四四八、六〇二円

(一)  相模原市立中央小学校における逸失給与 金二、五四八、五三三円

亡嘉雄は、本件交通事故がなければ満六〇才の停年まであと三年間右小学校に勤務し、毎年少くとも金一、一二一、五八七円の給与賞与を得るはずであつたところ、死亡によりこれを失つた。右給与所得より生活費を控除した純利益は金九三三、一八七円であり、これに三年間のホフマン係数を乗じて計算すると、金二、五四八、五三三円となる。

(二)  農業の逸失所得 金六五七、七八五円

亡嘉雄は、本件交通事故がなければ、就労可能年数である八・六年間は農業に従事して毎年金九〇、三八〇円の所得を得るはずであつたところ、死亡によりこれを失つた。右年間所得にホフマン係数を乗じて計算すると金六五七、七八五円となる。

(三)  相模原市立中央小学校退職後の逸失給与 金三、三三二、九九二円

亡嘉雄は停年退職後は五・六年間は他の勤務先で稼働し、毎年金八三七、六〇〇円の年収が得られたはずであるから、これからその間の生活費金一八八、四〇〇円を控除した純利益につきホフマン係数を乗じて計算すると金三、三三二、九九二円となる。

(四)  逸失退職一時金 金一、一七九、二四九円

亡嘉雄は、六〇才になる昭和五二年に相模原市立中央小学校を停年退職するにつき金三、七二三、二一〇円の退職一時金を得られたはずであり、右金額にホフマン係数を乗じて計算すると、金三、二三五、四六九円となるところ、本件事故死により退職一時金二、〇五六、二二〇円を受けるのでその差額である右金額の得べかりし退職一時金を失つた。

(五)  逸失退職年金 金六、七三〇、〇四三円

亡嘉雄は、相模原市立中央小学校退職後の昭和四九年以降同六三年までの一四年間にわたり年額金六四六、五六〇円の退職年金を受けられるはずのところ、これを失つたが、これにホフマン係数を乗じて計算すると金六、七三〇、〇四三円となる。

4  相続

原告富貴子は、亡嘉雄の妻であり、その余の原告はいずれも亡嘉雄の子であるから、それぞれ相続分に従い、亡嘉雄の逸失利益合計金一四、四四八、六〇二円を、原告富貴子が金四、八一六、二〇二円、その余の原告らが各金一、九二六、四八〇円宛相続した。

5  慰藉料 合計金六、〇〇〇、〇〇〇円

原告らの慰藉料は各金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

6  弁護士費用 金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告らは、以上によつて被告らに対して合計金二〇、八七三、八九二円を請求しうるものであるところ、被告らはその任意弁済に応じないので、原告らは弁護士である本件原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任し、東京弁護士会所定の報酬の範囲内で報酬を支払うことを約した。

四  原告らは、強制保険金五、〇〇〇、〇〇〇円の支払をうけ、遺族年金の支給をうけているから、右損害金合計金二一、八七三、八九二円の内金として、被告銀行に対して合計金一〇、〇〇〇、〇〇〇円又被告大谷に対してはすでに金二、六〇〇、〇〇〇円の弁済をうけているので内金七、四〇〇、〇〇〇円を請求することとする。

よつて、被告銀行は原告富貴子に対して金二、五〇〇、〇〇〇円を、その余の原告に対して各金一、五〇〇、〇〇〇円を、およびこれら各金額に対する本件交通事故発生の日である昭和四六年一月四日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。又、被告大谷は原告富貴子に対して金一、六四〇、〇〇〇円を、その余の原告に対して各金一、一五二、〇〇〇円およびこれらに対する同日以降完済まで同割合による遅延損害金を支払わなければならない義務がある。よつて、本訴請求に及んだ次第である。

五  なお原告らの主張に反する被告らの主張はいずれも争うと付陳した。〔証拠関係略〕

被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との裁判を求めた。

一  被告銀行の答弁と主張・立証

1  被告銀行は請求の原因に対する答弁として、第一項の1ないし3、5ないし8、第二項の1の各事実、被告大谷が被告銀行の行員であつた事実を認め、その余はすべて争う。

2  被告銀行の主張

(一)  監督責任

(1) 一般的監督

被告銀行は、行員の自動車通勤を一般的・原則的に禁じ、かつ、度々その旨の注意を与えている。のみならず、その実効を確保するため、全行員に対して通勤定期券を現物支給し、異種交通機関の乗換等のため現物支給のできない交通部分については、バス代、電車賃等の通勤実費を支給している。又、銀行の駐車場は、すべて顧客専用とし、行員所有の車の駐車は厳禁している。

(2) 被告大谷に対する特別な監督

とくに、被告大谷に対しては、過去に交通事故を起したものであるところから、平常厳しく自動車運転について注意し、昭和四五年七月上旬公務と雖も銀行所有の自動車を運転することを禁じ、同年一二月下旬被告銀行の訴外関口の命令により次長である訴外佐藤をして、今後自動車運転はいつさいやめ、自己所有の車は処分するよう厳重な申渡しをし、事故当日は、銀行の仕事始めの日に当り、夕刻ささやかな正月祝の酒等が出されたが、たまたま被告大谷が車に乗つて来たことを知つた訴外関口は、同人に対して厳しく注意を与えるとともに、飲酒を禁じ一滴も飲ませなかつた。ちなみに、被告大谷が当日駐車した場所は、もとより銀行の駐車場ではなかつた。

(二)  業務との関係

被告銀行は、交通事故の一般的な多発に鑑み、昭和四三年七月九日頃、行員所有車の公務使用を厳しく禁ずる措置をとつた。

とくに、被告大谷に対しては、特別に自動車運転を一切禁じ銀行所有車の公務使用を許さないのみならず、個人所有車についても通勤使用を特に厳しく禁じていた。

しかるに、被告大谷はあえて被告車を通勤として使用したのである。

被告銀行は被告車に対して何らの運行支配も運行利益も有しない。

よつて、本件のような通勤中の事故については使用者としての責任はない。

3  〔証拠関係略〕

二  被告大谷の答弁と主張・立証

1  被告大谷は請求の原因に対する答弁として、第一項の1、2、5、6、7(但し死因を除く)、8、第二項の1の各事実は認めるが、その余はすべて争う。

2  被告大谷の主張

(一)  被告大谷は、事故当日が正月四日で交通量も少なかつたので、事故発生地を厚木方面から上溝方面に向い、ペイント塗装による区分線より内側四〇糎付近を進行していた。そして、その進路上において本件交通事故が発生したのである。本件事故の発生場所は、ペイント線の外側に八〇糎の舗装道がのび、さらにその外側に八〇糎ほどの歩道となる蓋のある側溝部分がある。自転車は道路の左側端に寄つて通行しなければならないとされているのに、原告車は左側端に寄らずペイント線の内側四〇糎付近を進行していたので本件交通事故が発生したものである。

何人も、酒気を帯びて車両等を運転してはならないにもかかわらず、亡嘉雄は、当日年始まわりでかなりの飲酒をして自転車を運転していたものである。

よつて、本件交通事故は、亡嘉雄の右各過失に基因するところが大きいので過失相殺を主張する。

(二)  原告らは、強制保険の被害者請求により、治療費以外に金五、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けているほか、金二、六〇〇、〇〇〇円の内入弁済を受けている。したがつて、原告らの損害額は、右弁済の限度において減額さるべきものである。

3  〔証拠関係略〕

理由

一  原告ら主張の日時、場所において、被告大谷の運転する被告車と亡嘉雄運転の原告車が衝突し、よつて、亡嘉雄が死亡したことは当事者間に争いがない。

二  被告らの責任

1  被告大谷

被告大谷が被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。しかして、被告大谷は、自賠法第三条但書の免責要件を主張、立証しないから同法による責に任じなければならない。

2  被告銀行

(一)  被告大谷が被告銀行の行員であつたことは当事者間に争いがない。

(二)  被告銀行の使用者責任について判断する。

〔証拠略〕によると、被告大谷は自家用車で通勤することを被告銀行から禁止されていたのにもかかわらず、一月四日の御用始めの日、道路が空いているので被告車で出勤し、その帰途本件交通事故を惹起したことが認められる。この事実によると、本件交通事故は、被告大谷が自己所有車によつて通勤する過程において惹起し、通勤すること以外に、何ら被告銀行の業務と関係がないのであるから、「業務執行中」の事故ということはできない。

よつて、被告銀行は民法第七一五条第一項による責に任ずる理由はない。

(三)  被告銀行の運行供用者責任について検討する。

原告らは、被告銀行が被告大谷に被告車を使用して預金等の集金業務をさせていた旨主張するが、これを立証する証拠は何もない。却つて、〔証拠略〕によると、被告大谷は、従来現金輸送、預金の集金等に被告銀行のスバルを運転していたが、昭和四五年七月上旬飲酒運転のため自分の自動車を転覆させたので、それ以来被告銀行は被告大谷にスバルの運転を禁止した。しかしながら被告大谷は、被告銀行の車両に余剰のある土曜日だけは、時折、上司の許可を受けて、預金集金のためスバルを運転することもあつたが、同年一二月下旬に至つて一切運転を禁止されたこと、又被告大谷の通勤についても、自分の自動車での通勤を禁止され、通勤用の定期券が支給されていることが認められる。従つて、被告銀行は、被告車に対して何らの運行支配も運行利益も有していないので、運行供用者としての責任を負う理由はない。

(四)  エストツペルの原理による責任について考えてみる。

〔証拠略〕によると、

(1) 昭和四六年一月七日訴外関口が原告らの家を訪ねて焼香させて欲しい旨希望したが、原告らはこれを拒否した。ところが、訴外関口が、「被告大谷が被告銀行の行員であるので、出来る限りのことをして償いたい、このことは紙に書かなくとも被告銀行を信用してくれ。」と言つたので、原告らはこれに焼香を許した。

(2) 昭和四六年一月一〇日訴外関口が「責任をもつて解決したいから被告銀行を信用して欲しい。」旨述べたので、原告側が、「それでは、どのような補償をしてくれるのか」と尋ねると、「上司に聞いて返答する。」と答え、なお原告側が、「それではその旨一筆書いて貰い度い。」と要求すると、訴外関口は、「被告銀行を信用してくれ、一筆書くのだけはかんべんして下さい、一生懸命やります。」と述べ、

(3) 昭和四六年二月二〇日訴外関口は、被告銀行からの見舞金として額面金五〇〇、〇〇〇円の小切手を原告ら宅に持参したことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕は信用できないし、その他これを覆えすに足る証拠もない。

しかして、右認定による訴外関口の言動は、原告らの悲しみを慰め、その感情を刺しないように、被告銀行に法律的責任がないことを明示しないで婉曲に述べ、道義的・習俗的立場においては、誠意をもつて、できる限りの努力を惜しまない旨表明したものと解される。そうすると、被告銀行にはエストツペルの原理による責任もないこと明白であるから、この点に関する原告らの主張もまた理由がない。

以上により、被告銀行は本件交通事故について、責任がないこと明らかであるので、原告らの被告銀行に対する本訴請求は理由がないものとして棄却する。

三  損害

1  葬儀費用

〔証拠略〕によると、亡嘉雄の葬儀費用は、原告富貴子が金三〇〇、〇〇〇円を支出した限度において相当と認められる。

2  治療費、交通費等雑費

被告大谷は、強制保険によつて治療費が支払われた旨主張するが、これを立証する証拠はない。

〔証拠略〕からすると、原告富貴子は、亡嘉雄の死亡に伴い治療費、交通費等として合計金一八、〇二〇円の出捐を余儀なくされたことが認められる。

3  逸失利益

(一)  小学校勤務による逸失給与

〔証拠略〕によると、亡嘉雄は、本件交通事故による死亡当時満五七年で相模原市立中央小学校に勤務し、毎年少くとも金一、一二一、五八七円の給与及び賞与を得ており、本件交通事故に遭遇しなかつたならば満六〇年の停年まであと三年間右小学校に勤務する予定であつたことが認められる。

亡嘉雄の生活費を年間金二四〇、〇〇〇円としこれを控除すると、年間純益は金八八一、五八七円となる。よつてこれに三年間のホフマン係数二・七三一を乗じて現価を算出すると金二、四〇七、六一四円(円以下切捨)となる。

(二)  農業の逸失所得

〔証拠略〕によると、亡嘉雄は前記相模原市立中央小学校に勤務する傍ら、田四反、畑四反を耕作し、その農業経営による収益は、年間金九〇、三八〇円であつたこと、そして、右農業経営は、亡嘉雄と作男、原告富貴子、その他の原告らがこれに従事し、亡嘉雄の寄与率はその八〇パーセントであつたことが認定できる。

そうすると、亡嘉雄の農業経営による年収は八〇パーセントに相当する金七二、三〇四円となる。亡嘉雄の就労可能年数を八・六年、ホフマン係数を七・二七八としこれを乗じて現価を算出すると金五二六、二二八円(円以下切捨)となる。

(三)  停年後再就職による逸失利益

〔証拠略〕によると、亡嘉雄は停年退職後も五・六年間他の勤務先で稼働し、毎年少くとも金八三七、六〇〇円の収入を得ることが推認される。

従つて、右年間収入から亡嘉雄の年間生活費金二四〇、〇〇〇円を控除すると、亡嘉雄の年間純益は金五九七、六〇〇円となる。就労可能年数五・六年に対応するホフマン係数を五・一三四として、これを乗じて現価を算出すると金三、〇六八、〇七八円(円以下切捨)となる。

(四)  逸失退職一時金

原告らは逸失退職一時金の差額として金一、一七九、二四九円を請求するが、これが算出の基礎となる何等の証拠も提出しないので認容できない。

(五)  逸失退職年金

原告らは逸失退職年金として金六、七三〇、〇四三円を請求するが、前項と同様これが算出の基礎となる何等の証拠も提出しないのでこれを認めることができない。

4  相続

原告富貴子が亡嘉雄の妻で、その余の原告がいずれもその実子であること、原告らが法定相続分によつて権利を承継したことは当事者間に争いのないところである。

しかして、亡嘉雄の得べかりし逸失利益の合計は金六、〇〇一、九二〇円となるところ、原告富貴子は、その相続分が三分の一であるから金二、〇〇〇、六四〇円を、その他の原告らは相続分が各一五分の二であるから各金八〇〇、二五六円相続したこととなる。

5  慰藉料

原告らの慰藉料は各金八〇〇、〇〇〇円が相当である。

6  弁済

以上によると、原告富貴子の損害額の合計は金三、一一八、六六〇円、その余の原告の損害額の合計は各金一、六〇〇、二五六円となる。

原告らが強制保険金として金五、〇〇〇、〇〇〇円、内入弁済として金二、六〇〇、〇〇〇円、合計金七、六〇〇、〇〇〇円を受領していることは争いがない。

よつて、原告富貴子に対して金二、五〇〇、〇〇〇円、その余の原告に対して各金一、〇二〇、〇〇〇円を充当すると、残額は、原告富貴子が金六一八、六六〇円、その余の原告が各金五八〇、二五六円となる。

7  弁護士費用

原告ら一人当りについて金一〇〇、〇〇〇円合計金六〇〇、〇〇〇円が相当である。

8  過失相殺についての判断

(一)  現場付近の道路状況

〔証拠略〕によると、現場付近の道路は、全幅員七・七米、アスフアルトで舗装され歩車道の区別のない道路で、厚木方面から上溝方面に向い道路左側には道路縁から約一米の位置にペイント塗装による区分線が引いてある。道路は、厚木方面から上溝方面に向つて左に少しカーブしているが見透しを妨げる障害物は存在していないことが認められる。

(二)  被告大谷の過失

〔証拠略〕によると、被告大谷は、被告車を運転して厚木方面から上溝方面に向い時速五〇粁で進行中、室内バツクミラーに写つた後続車に気をとられ、前方注視不十分のまま前記速度で進行したため、道路左縁から一・一米内側を酒気を帯びて原告車に乗り同一方向に進行していた亡嘉雄に気付かず、被告車の左前部を原告車の後部に衝突させ、原告車を転倒させ、よつて亡嘉雄を頭蓋底骨折、脳内出血の傷害によつて死亡させたことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕は信用できない。

自動車の運転者は、前方左右を注視し進路の安全を確認して進行すべき注意義務があるところ、右認定事実によると、被告大谷はこれが注意義務を怠り、前方注視不十分のまま進行して本件交通事故を惹起したというのであるから、これに過失のあることは明白である。

(三)  亡嘉雄の過失

自転車は、道路の左側端に寄つて進行しなければならないのに、前記認定事実によると亡嘉雄は、原告車に乗つて道路左縁から一・一米内側を、すなわち、ペイント塗装による区分線よりも一〇糎ほど内側にはみ出して進行していたというのであるから、これに全く過失がなかつたということはできない。しかしながら、右の過失は程度が極めて僅少であるから、損害額を定めるについて斟酌するに足る過失ということはできない。

次に、前記認定事実によると亡嘉雄は酒気を帯びて原告車を運転していたというのであるからこれに過失があること明らかである。

しかしながら、亡嘉雄が酒気を帯びていたため如何なる運転上の欠陥があり、本件交通事故発生の原因となつたかについては何等これを認めるに足る証拠がない。そうすると、酒気を帯びた運転と本件交通事故との間に因果関係がないことになるから、これまた過失相殺の対象とならない。

(四)  よつて、被告大谷の主張する過失相殺の抗弁は理由がないからこれを採用することはできない。

四  以上によると、被告大谷は原告富貴子に対して金七一八、六六〇円及び弁護士費用金一〇〇、〇〇〇円を控除した金六一八、六六〇円については、本件不法行為のあつた昭和四六年一月四日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

また、被告大谷はその余の原告に対しては各金六八〇、二五六円及び弁護士費用金一〇〇、〇〇〇円を控除した金五八〇、二五六円については同日以降完済迄同割合による遅延損害金を支払わなければならない。

よつて、原告らの被告大谷に対する本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却する。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

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